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カラダの中で生きている。

「私たちは小さい頃から、”体の外で” ”いかにうまく生きるか”」
ということばかり学習し、
「”カラダの中で” 生きている自分と出会う方法を教わる場所がない」

これは私のボディーワークの師である
ジャック・ブラックバーン先生の言葉です。

『カラダの中で生きている。』

この”ただの事実”を
私達はどれほど深く経験しているでしょうか。

ボディーワーカーとしてセッションを初めて
20年近く。

その学びの過程で触れた解剖学、生理学、心理学、脳科学、神経生理 学、認知神経科学、精神医学等からの見地や自らの臨床経験を通して、
「心と身体」のつながりについて理解を深め、実感することは

「身体からのアプローチが一番安全確実かつ早い」

ということです。

体と心はつながっている。
体は、あなたの全体性への
手を付けやすい糸口。

身体と関わっていると
そこに「信じゆだねられる力」
が備わっていることが分かります。

ココロがどんなにゆらぎ、傷つき震えても
あなたを内側から癒そうとし支え続ける力がある。

このことを実感した時
多くの人がその人らしい顔で
それぞれに輝き出すのを見てきました。

そしてまた私も
体からのアプローチに
人生を支えてもらっている一人です。

私たちは
一人ひとりが区切られた閉鎖系ではなく
身体を通して人々とあたたかく関わり合い
身体を通してこの宇宙のすべてを経験します。

一番近くに一緒にいる身体との関わりが変われば
すべてが変わる。

「より、楽で自然なあり方」

そこに向かって私達をサポートし続けてくれる力と知性と出会うと、
それが決して失われることがないリソースであることに気付くでしょう。

心も身体も
その力にゆだねて、大丈夫なのです。

身体とつながれば、自分とつながる。
自分とつながれば、世界・宇宙とつながる。

その身体の中に生きている
この宇宙で唯一無二のあなたを
どうぞ思いっきり味わい、愛し、楽しんでください。

癒やしの一歩先へ。


身体に働きかける、と聞いた時にみなさんが思い浮かべるイメージはどんなものでしょうか?

マッサージなどの「リラクゼーション」「癒やし」でしょうか。
もしくはスポーツジムやジョギングで「鍛える」ことでしょうか。

私は「ボディーワーク」という、身体に働きかけるセラピーを行っています。

またその理論背景や臨床経験を元に、
ボディーワークや心理療法・セラピーの世界にある深い叡智を
一般の方にわかりやすくお伝えすることや、各種の啓蒙活動を行っています。

これは「ゆるめる」でも「鍛える」でもない身体へのアプローチです。

では何をするのか。
身体と「コミュニケーション」します。
身体の声を聞く、という言い方がありますが、身体は実は常に何かを語っています。

みなさんはどれくらいその声に耳を傾けていますか?

その声とコミュニケーションできると、
身体は「自己調整」という知性と力をより発揮するようになり、
過去の傷を癒やし今に最適化して、未来の最大の可能性に向かって動き出します。

左脳的な知性だけでなく、身体のインテリジェンスと共に
人生を創造していけるようになります。

私たちは思っている以上に、身体に主導権を握られています。
なぜなら、わたしという個人である以前に、ヒトという生き物であり
その「心」は、哺乳類というOSの上にごく最近乗ったアプリに過ぎないからです。

ほんとうの安心や、リラックスや、しあわせを感じ、
それぞれが持つオリジナルの輝きを放つには、
「身体性」という観点を外すことは出来ません。

外せないどころか実は身体が、
可能性のボトルネックになっていることが多いのが現代人です。

これは、そのような考え方があるよね、
というような「考え方のモデル」の話ではなく、
生理学的・科学的なしくみとして事実です。

身体という視点でヒトを深く見ていくとそこには、
わたしという個人にとっての真実
と同時に、
生き物としてのわたし、
というメタな視点も立ち上がってきます。

それら両方の視点を持つことで、個人や組織の「ホールネス(全体性)」
「いのち」が見えてきます。



相対性理論は
「光のスピートで光を追いかけたら、
光は止まって見えるのだろうか?」
という、アインシュタインの16歳の時のひらめきからはじまった
「光から見た物理学」です。

観測する視点を人ではなく「光」に変えたら、全く違った世界が見えたのです。

同じように、
私たちが見ている日常を「身体」という視点から捉え直すと、
そこには全く違う世界が見えてきます。

自分や人と関わる際の、新しいレイヤーが出現します。

心や思考、感情、発想、生産性、組織開発…
さまざまな現象を「身体という視点」から見た時にどんな世界が見えてくるか、
その探求を「身体性理論」と名付けてまとめています。
「しあわせとは一体どのような”状態”なのか」
というわたしのリサーチクエスチョンに対する研究報告です。
ボディーワークとともに、「あなたというシステム」を
すこやかにするために活用いただけましたらうれしいです。

「ボディーワークって??」


ボディーワークという言葉に厳密な定義はありませが、
主に「身体に働きかけるセラピー」の総称をボディーワークと言います。
その働きかけの方法は手技であったり、運動であったりと様々ですが、
単にその瞬間の機能構造を整えるということを超えて、
体に働きかけることを通して、心を含んだその人の全体性に
働きかける、というところがボディーワークならではの意義です。
マッサージや、鍼灸、ヨガやピラティスなどもボディーワークですし、
それ以外にも世界中には様々な種類のボディーワークがあります。
私自身も、体調不良がヨガで劇的に改善し、体が楽になったことで
「あとから」考え方や性格や生き方が変わっていった、という経験があり
身体に働きかける、ということの可能性と面白さに魅せられて
身体オタクとしてボディーワークを生業としている者です。
扱う領域はBodyだけではなく、身体志向のトラウマ療法(Somatic ExperiencingR)の
認定プラクティショナーでもあり、心理領域も扱っています。
ボディーワークの大きな特徴として、「気付き(AWARENESS/アウェアネス)」を重視するという点があり
ます。



私たちは普段、仕事であれ、日々の生活であれ、「考える」ということに
追われています。
朝起きてから夜寝るまで、今日やらなければいけないことやこれからのプラン、戦術戦略、過去の分析
等々、多くの時間を「思考モード」でこなしています。
ぼんやりスマホを見ている時も、もちろんこの文章を読んでいる時も!
そうしながら自分の体はあたかも自分の従属品のように酷使してしまいがち、
ではありませんか?
わたしたちの身体は非常に高度なインテリジェンス(知性)を持っていて、負荷をかけられたり、
さまざまに変化する環境やストレス下におかれても
常に文句も言わず淡々と、絶妙なバランスを取り続けています。
そのカラダの知性(インテリジェンス)のスイッチを入れるために
必要なのが「感じる」ということです。
体が、右に傾いているな、と気づいた瞬間、
自動的にまっすぐに修正しようとする力が働きます。
呼吸が浅いな、と気付いた瞬間、
深い呼吸を取り戻そうとします。
お腹すいたな、と気付いたら
何か食べたくなります。
疲れたな、と気付いたら
休みたくなります。
この人好きだな、と感じた瞬間もっと知ろうとします。
この場所なんだか嫌だな、と感じたらその場から去ろうとします。
「身体(カラダ)は知っている」
とよく言われますが、実に様々なことを知っているのです。
ボディーワークの中には、クライアントへの直接的な問いかけではなく
身体に問いかけながら、身体が導く方に進めていくという
技法も数多くあります。



ところが、「考える」というツールにばかり頼りがちな現代人は
「感じる」ことでオンになる「身体の知性」が鈍りがちです。
ビジネスの世界でも近年「感性」や「美意識」に回帰しようという流れがありますが
これらもある意味、使わずに鈍ってきていた「身体の知性」を取り戻そうという
ことに通じるのだろうと思います。
(みんなボディーワーク受けたらいいのに!)
ボディーワークが「気付き(アウェア)」を重視するというのは
この「クライアント自身が自分の感覚を感じる」というスイッチを
自ら押せるようになっていくことをサポートしたいからなのです。

「内側からのアプローチへ」


いつもストレスで息を詰めている方の浅い呼吸を
いっとき治療で深くすることは出来ます。
でもそれ以上に、その方自身が
「呼吸が浅くなっていることに自ら気付くことができるようになる」
ほうが、長期的に見たときの恩恵は大きいのです。
本人の意識と切り離された体を、車検に出すようにプロの元でメンテナンスしても
自分の使い方には習熟して行きません。
大きな不調に至る手前の、もっと些細な快不快に気付けるような
身体に対する感受性を育てることが、生き物として持っている
自己調整の力や自然治癒力をより引き出すことになるのです。



体を整える方法論は、数限りなくありますが、
外側から何をしてあげるかというアプローチ、とともに
自分に意識を向けていく、という内側からの自分自身へのアプローチが
大事、
というのが「気付き(アウェア)を大事にする」という言葉が示すそのココロ、です。
わたしたちは何かをする時、マインドが正しいあり方を判断し
その方向に向かってコントロールしようとします。
身体が導くゴールは、その方向ではたどり着くことが出来ません。
内なるプロセスに耳を澄ませ、マインドを静かにし、コントロールではなく
内在する知性と協同する時、まるで花が開くように自然に
現れてきます。
思考は正解を好みますが、身体が導くのは最適解です。
常にゆらぎ、動きながら、その時々のバランスへと導く身体に意識を向けることは
正解を超えた世界に、わたしたちをいざないます。
不確実性が増し、価値観の根本的な変革を問いかけられるこの現代において
身体が教えてくれることの価値は、ますます大きくなっていくとわたしは考えます。